2021年4月29日木曜日

5月の期間限定

 5月は

駅前通り店・・・白桃ジャム180円、プリン170円

西小川店・・・クラウンメロン、和芋 各160円

駅前のプリンは西小川で出したプリンクリームでは無く、プリンそのものをカットしたものです。白桃ジャム初登場。西小川の和芋も初登場、クラウンメロンは普段出しているオレンジのでは無く、緑のメロンで久々に用意します。是非お試し下さい。


昨日久々に息子と花沢から満観峰登ったら、頂上にこんなの出来てた・・・。知らんかった。

ちょうど小雨があって、雨宿りにはちょうどいいですね。


2021年4月11日日曜日

生いちご 終了間近

 いちごがそろそろスーパーにあまり並ばなくなるかもなので、間もなく終了かと。


子供たちの春休みも終わって、桜も散ってしまいましたが、今年も毎年恒例の場所だけはまたしっかり3人で行ってきました。

毎年ながらやっぱり綺麗だなと。

息子のサッカーを見るために西小川店は水曜休みにしていたのですが、先日書いたように辞めてしまって空き時間になったので、息子との時間が今までより取れるようになり、一緒に用宗漁港にシラス食べに行ったり、
今までは娘とのデート立ち寄り場だった静岡の向敷地の景色がいい場所へも3人で行ったり

今年の春をなんとか楽しく過ごしました。

なんとか変異があまり何故か広がらないとかなったらいいのにな・・・。



2021年4月4日日曜日

息子のサッカー

 小2の最初から続けてきたサッカークラブを、あと1年を残して辞めました。

息子には、「誰でもイジメには遭う可能性はある、でも重要なのはイジメる側や傍観者側・なんとなくそちらに流される側には絶対に立つな」と常々言ってきましたが、周りが口をそろえて言うほどクソ真面目な彼は結局いじめられる側になってしまいました。

小2の途中から度々クラブの代表者に訴えてきたイジメ・嫌がらせ問題で、何度も先方責任者の「対応します」との事で期待をしましたが、何もアクション無く、息子が昨年夏にとうとう辞めると初めて言ってきた時も、今後の他の子達の為にも何故こうなったのか聞かせてくれますか?と伺うと「必ず指導で環境を変えると約束しますので、もう1度指導をやらせてください」とお願いされ、息子もじゃあと今一度頑張ろうと始めてたった1か月も経ったかくらいの時にまた、河川敷で行っていた練習で、ボールの無いポジションにも関わらず垣根に2度も突き飛ばされて擦り傷を負い、何度も訴えてきたのにまたそういう事が起こった現状に心が折れた息子が、何年もほとんど休まずやってきた練習を初めて病気以外で休みました。それでもサッカー自体は好きだったので、なんとかそこから半年やってきたのですが、下記にあった事やそこまでのクラブなどの対応で、事態が改善される期待は無いとの事で、3月で辞める決断を息子はしました。

今回、何年も前から色々な方たちに相談する中で、4年前からここまでの息子の件での指導者だったりクラブだったり、ここ何か月かの私達へのクラブ関係者の事についても、人権問題や精神的被害、ハラスメントなどについても訴えるポイントが結構いっぱいあるようで、今も法的な相談やそれ以外の手段などを各所に相談をしつつ、どうするかを検討している中で、とりあえず何か書くのは辞めてからにしましょうとの事だったのと、もし今回法的な手段などは取らないとなっても、今後また下級生などにもし何か問題があった場合には証言などで私が出ていく可能性も有るので、とりあえずの範囲ですが書きます。

細かな内容については、いちいち確認を取って載せる載せないの判断が面倒で今は書きませんが、とりあえず思う事などを少し書いておこうかと。


先日も、浜松の女子中学生が、練炭自殺を図る男に誘われて女子中学生だけが亡くなる事件があったばかりですが、イジメで不登校になっていて、それが事件の背景にあるという事を弁護士が発表しています。学校側はイジメの事実を事前に認めつつも些細な事だと判断したのか満足な対応は無かったようで、この後家族や弁護士が学校側を訴える事になり、かなりの賠償請求が有るだろうことは容易に想像できます。今回死に至るには第3者が絡んでるのでどういう判断になるか難しいですが、自殺認定か他殺認定かより、本人がイジメ原因で自殺を選んでいる事が学校側の責任をかなりの部分で認めるんだろうなと思います。このことからも、学校でさえ些細と考えるようなイジメでも、不登校になったり、亡くなったりは容易に起こる事です。

このことからも、特に息子の件が有ったサッカークラブでも、指導者や保護者は他人ごとでは無くすぐ身近にある問題なんだと認識が無いのならば、すぐ考えを改めるべきだと思います。大人が思うより、子供の方が軽々と大人の勝手なイメージで引くラインを飛び越えていくものです。

イジメを原因にクラブを辞めた子供がいる事実があり、4年も前から何度も訴えた事実も有り、その事実を指導者も1部の保護者も以前から認識しており、指導者からは適切に対応出来なかった旨も直に聞いていますし、子供達からも、10月にあった河川敷の件ですら2か月近く経った12月3日に話を伺うと複数人から「突き飛ばされて突っ込んだやつでしょ?あれはひどかったね」と言うような証言が取れているのが現実です。その時にどんな試合だったか、どんな練習をやったかさえ全然覚えてないのにそこだけはハッキリ覚えていると。あとは大きな事件が起きたか起きないか、訴訟にするかしないかの違いだけです。


とにかく大きいテーマとして、この息子のイジメ問題にしても、韓国のイジメ問題、昨今のコロナでも特に、「苦しんでいる人、悲しんでいる人」に対して、大人が「思いやり」が無い事にこんな恥ずかしい事は無いなと思いました。

何の場合でも、問題を訴えている人間への思いやりが重要かと。

特に日本サッカー協会は「リスペクト・大切に思う事」とスローガンを掲げ、すなわちそれは「思いやりが大切」であると訴えているので、息子のサッカークラブでも、ずっとこの問題を訴えてきた指導責任者はもちろん、他の指導者でも、イジメの件を知った段階で「気が付かなくて御免ね」とか「今後の為にどういうことなのか教えて欲しい」と言うような子供に対する思いやりを感じるような言葉があって然るべきかと思いますが、自分から言ってきた指導者は今現在一人もいません。何よりサッカー関係者であり、サッカー協会からライセンスをもらって指導している事からも、せめてそのくらいの思いやりは持っていて欲しかったなと思います。

このイジメ問題も、コロナにしても、原発や災害にしても、様々な差別問題、障害、共通して言える事が本当に多いと感じます。これら様々に無関心・傍観者でいる事はもはや加害者に近いと認識するべきだとすら思う。


様々なイジメ問題も、ネットを見ても良くあるように、指導者も保護者もイジメ問題に関心薄くしっかり向き合わない場合が多く、その理由として、コロナしかりペストが流行った時もそうですが、なぜこういった事が起きたのか良くわからない人達は、良く調べも分かりもせずとにかくまず異質な物を排除するようみんなでスケープゴートをつくって、自分の安全を確保しようとする。

歴史を紐解けば、ペストのような感染症に最後に立ちふさがったのは変化を嫌う人々の意識だったし、自分の意識や環境を変えられる事に対する抵抗でした。今も昔も社会の弱さをつくような形で感染症は現れるし、決して無くならない事を考えると、イジメと、イジメを無くそうとしない人々の意識は、感染症の時の思いやりのない人達と似ているなと思います。

指導者や保護者の大人の意識が、イジメが無くならない一番の原因なのではと思う。自分たちが関係者だ、自分達のせいだと思いたくないからイジメを小さな問題だと無意識に過小評価している人もいる。そういった人たちはお決まりで、こーしましょう、あーしましょうの「会話」ばかりが好きで得意で、問題を解決する為の「対話」が必要な事を無視する。

国のエネルギー問題でも、原発からグリーンへ、出来ない理由を探す人ばかりで、大事なのは意識と熱意だと私が大学生だったころから誰かが言っていましたが、全くその通りで、イジメに向き合えないサッカークラブの指導者や保護者にも全く同じことが言えるかと。まず守るものは何なのか、自分の子だけ?自分の周りの環境さえ良ければ?コミュニティーが丸く収まれば? この先も含めた子供達全体では?


ただ、私は息子のサッカークラブにも言いましたが、このサッカークラブの指導者が一方的にただ悪いと言ってるわけでは無く、学校の先生と違ってサッカーにしろ野球にしろ、少年団や少年クラブの指導者は自分で情報を取りに行って学んだり教わったりしないと、イジメに対する知識や意識が向上したり進歩したりしない環境にあり、そういう意味では学校に比べて2周りも3周りもイジメ対策では遅れている。逆に上に書いたように逆方向への意識が働いてしまって当事者の意識が薄く疎外されてしまう。自分で学んだり対処出来ないのであればという条件付きだが、皮肉ですがある意味被害者とも言える。

でも、だからこそ、よくセクハラでも「頑張れよと上司に肩を叩かれた」と訴える女性社員を古い人間は「なんだよそれくらい」とか思ってしまう人も多いが、いや嫌だと言っているんだからという、相手がどう思うかという思いやりに至らない事はもうアウトなんだとすぐに意識を変えないといけないのに、もう何回も訴えてるのに今回の息子のサッカークラブでも、「A君→B君へはイジメじゃないのがA君→息子に同じことしてもイジメになるの?」なんてレベルで聞かれたり、上に書いた垣根の事でも、見ていなかった事や把握していない事についてその場の現場責任者が「なんで俺がそんなに責められないといけないんだ?」なんて発言が出てくる事を本人も周りもそれはダメだと思って注意出来る人がいないといけないよねという良識は無いのか。

特にこういう人達に対しても、息子の件で相談したサッカー協会ですら「座学で一応そういった指導もしてライセンスを与えてるのですが・・・今回のケースは全然だめで、今一度指導をしないといけないけど、それでこの感覚の指導者がどこまで聞いてくれるかは・・・」といった感じで、現在のライセンス制度で行った座学の指導では全然効果ない事は今回身をもって感じるし、他に手立てが無いようです。少年とは言え、サッカークラブに対して、サッカー協会ですら子供のイジメ問題がチーム内であっても何も出来ない現状はどうなんでしょう。

結局、子供を預かるところでありながら「子供を守る」という部分では非常に大きな欠陥がある事として、サッカーでも野球でも何の競技でも、少年のスポーツ団体に対して、児童虐待で家庭に踏み込んだり指導ができるようなのと同じで、「行政」に、国でも県でも市でも良いと思いますが、子供の指導に関わる団体についての教育指導機関を設けるとか、団体に対して研修制・認可制を課すとか、これからの少年スポーツの問題として何か子供たちを守るためには必要なんじゃないかと思います。

これについても自分なりに動こうと思っていて、賛同者も出てきたりしてるので、また進捗有ればそれも書きます。


馴染みの弁護士に相談した時に、私に送られたクラブ責任者や関係者の言葉だったりLINEの内容を見せたら「責任あるような立ち場のいい大人がこんな中学生のイジメみたいな事するんだー」と笑われてしまいました。

排他的で不寛容で、人種差別や人権問題で揺れるどこかの国みたいな対応だねと。

確かなフィロソフィーが無いから、いくら小さくまとまろうとしても共通のヴィジョンも描けない、それを変えようとしないのは何の抵抗なんだろう。だから今回の私の息子の件も含めて他に辞めてく子も出てるし、今後も辞める検討に入った子もいると聞くし、今後も増えていくでしょうが、それを変えようとしない方へ導く人たちを正しい方向となぜ思うのか。

上記の浜松の遺族が、今後の子供たちの為にも

「いじめ問題の対応について、改めて教育に関係する方々が真摯に考える機会となってほしい」

とコメントし、弁護士も

「いじめの認定はされたが、それ以前にいじめ発覚というところの学校の対応があまりよくなかったということは、報告書の中で認めている

と言ってますが、今回のクラブの関係者にも「教育・学校」という部分を自分たちに置き換えて同じように真摯に受け止めて、今一度今後の子供たちの為に考える事を望みます。



この長文を最後まで読んでくれた方、有難うございます。