2016年1月15日金曜日

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早いもので閲覧数も2万件・・・


寒い日がまだ続くようですが、皆さんはいかがお過ごしでしょうか?でも来週もっと寒いみたいですが。ヒャー・・・




いよいよNHK大河では「真田丸」始まりましたが、昔から池波正太郎さんの本を読んだりとかしていたからか真田家の幸隆・昌幸・信之&信繁の3代には私の祖父と父と私の関係や人生からか親近感を感じてしまうことが多かったのですが・・・

私の祖母と叔父が名前に繁という字が入っていて、父も戦国~江戸時代好きだったし、武田典厩信繁も好きだったようなので(結局私の名前も江戸時代の時代劇から取ったのですが)私の名前も信繁になる可能性が充分あったと聞いて小学校の頃から気にしていました。ちなみに幸の字が入っている叔父もいます。数少ない親戚筋での割合としては多いなと。

幸隆は出自がはっきりしなくて、相当苦労して真田家の土台を作ったところなんかも私の祖父に被るし、昌幸の武田バブルからはじけてあっという間に武田家滅亡、なんとか生き延びる方法を探りながら結局大きな力に屈して九度山への幽閉、それに伴い父に従った信繁も30代~40代まで10数年を幽閉で過ごす・・・なんてのも父と私に通じるような。


私が30歳で幽閉というかこもったのは九度山では無く、栂池・白馬でしたが・・・


まあ最近の歴史ゲームブームなどで信繁は幸村として格好よく描かれたりしてるので、こんな事を書くと良く思わない人もいるかと思いますが、父の都合で幼少から右往左往人質生活などさせられて、大して戦にも参加出来ずに手柄も立てられずの40代。華々しく散れるのならそこまで似てもいいかなとも思いますが、憧れもありますね。

人生としては信之の方にも憧れますが。

真田丸に関しては、何より幸村より信繁という実名で三谷幸喜さんがいってくれてことが嬉しいな。


・・・歴史嫌いな人にはなんのこっちゃですね。




そんなこんなで、色々あった昨年を実はまだ引きずってる私がいます。
父が話したがらなかった祖父の事などをようやく親戚に聞けたり、自分で調べて関連場所に訪ねて行って色々知ったり、すでに知ることが出来なくて考えたりとかしていると、余計に祖父の苦労を知ったり思いを馳せたり、父と私の波乱万丈も血筋かな・・・とか感じつつ、昨年「つなぐ」という事を考えて過ごす1年でしたが、まさに私の家系は3代何も遺産のような物は無いけれど、確かに何かを「継なぐ」だったなと。
今の私が縦の歴史にこの家を4代目以降「継なぐ」ということは、今を生きる事を横の関係=同じ時代を生きる人達とどう「繋ぐ、繋いで」生きるかということなんだなと様々な人の話から感じて、もう1度「つなぐ」ということを考える今です。



ここ1週間、福山雅治の「福の音」ばかり聞いています。この25年、色々あったなーとかも思い出しながら。



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